日本茶の歴史について

お茶っていつから飲まれてたの?~日本茶の歴史~

目次

  • 一番最初のお茶エピソードは、嵯峨天皇!
  • お茶は仏門から武士へ。そして、庶民へ…?
  • 庶民のお茶はどこにある?
  • 煎茶って、いつから?
  • そして、現代へ。

 

こんにちは、ユズハです🌿

今回は日本茶の歴史について掘り下げてみたいと思います!

「お茶って昔からあるよね」っていうイメージ、たしかにあると思うんですが、実際にはいつ頃から日本人はお茶を飲んでいたと思いますか??

現代まで伝わる歴史書の記録やお坊さんの書き残したものをたどると、「あ、こうやって広まってきたんだな」っていうのがだんだん見えてきます。

 


■ 一番最初のお茶エピソードは、嵯峨天皇!

「日本でいちばん古い“お茶を飲んだ記録”は?」

答えは、平安時代の『日本後紀』にあります。

なんと815年(!)、永忠というお坊さんが嵯峨天皇にお茶を献じた、という記述が残ってるんです。

このとき飲まれたお茶というのは、もちろん現代に伝わる”お茶”とは作りも淹れ方も味も全く異なるものだったようです。ハッキリした記録はないものの、同時期に当時の中国で飲まれていた”餅茶(ヘイチャ)”ではないかといわれています。これはお茶の葉を蒸し、臼でついて餅状にして乾燥、固めたもの。当時はこれを薬研で粉末にして、熱湯に入れるもしくは煮出して、塩などをいれることもあったとか。

ちなみにこのお茶、唐(今の中国)から伝わったもの。唐の文化は当時の日本では羨望の的…遣唐使が持ち帰った最先端のイケてる文化、その中にお茶も入っていたのです。


■ お茶は仏門から武士へ。そして、庶民へ…?

鎌倉時代に入ると、栄西というお坊さんが宋(中国)から「抹茶に近い淹れ方のお茶」を日本に持ち帰ります。

嵯峨天皇に出されたと思われる”餅茶”との違いは、餅茶は粉末状のものを熱湯に入れるか煮だしたものだったけれど、栄西が持ち帰ったとされる当時のお茶のスタイルは粉末状のものを茶筅に近い撹拌道具でお湯に溶かすという、現代でいう抹茶にかなり近いものだったようです。

そしてその栄西が書いた『喫茶養生記』は、まさにお茶本の元祖!お茶の効能や栽培法などについて書かれています。

その後、室町・安土桃山時代には千利休が登場して、ただ飲むだけではない“侘び茶”の精神を大成します。

このあたりから、当時のイケてる最先端文化と日本独自の視点や考え方などが混ぜあわさって、独自の発展を遂げていくんだね…!

でも、ここまでの歴史って、基本的には貴族とかお坊さんとか、上流階級のみなさんのお話なんですよね。

 


■ 庶民のお茶はどこにある?

では、私たち庶民はいつからお茶を飲んでいたのか?

ここがちょっとミステリーなんです。

なぜなら、庶民がどんな風にいつからお茶を飲んでいたのか、時系列でハッキリ追える資料がほとんど残っていないんです。

例えば、平城京から発掘された木簡に「荼」(古代では”茶”として使われていた漢字)の記載があるものの、これが茶を指しているのか、別の物なのかは分からなかったり…

平安時代に京の町に疫病が流行った際、空也上人が庶民に梅干し・昆布とともにお茶を振舞った、という伝承はあるものの伝承の域を出なかったり…明確にそうだと言える証拠がないみたい。

中世になるとようやく狂言にお茶のエピソードの演目があったり、「日葡辞書」(1603年)には「上等でない普通の茶」として「Bancha」の記載が出てくるようになりますが、この時点でもどのような茶だったのかは明確に分からないそう。

ただ庶民の茶は、茶の樹から刈った葉を天日干しにして煮出すか煎じるかして飲んでいた可能性が高いとされているようです。

これだけ日本人に染み着いているといってもいいほどの存在だから、遠い昔から飲まれていたんじゃないかな~~と思っちゃうのは私だけかなぁ?


■ 煎茶って、いつから?

今、私たちが「日本茶」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、やっぱり煎茶。

お湯を注いで淹れるタイプのお茶ですね。

このスタイルが誕生したのは、実は江戸時代中期

初期以降、急須に近い道具を使用して淹れる”澄んだお茶”が中国から入ってきて、一部の人たちの間で好んで飲まれていました。(抹茶は濁っているのに対して、水色が”澄んでいる”点が当時は斬新だったみたい。)

そして、1738年に永谷宗円(ながたにそうえん)という人が、今の京都・宇治で茶葉を蒸して、揉んで、乾かすという製法を編み出しました。

こうして”淹れるお茶”が確立され、徐々に広まっていったんですね!

これが、現代の煎茶のルーツ!

浮世絵にもよ~~く見ると急須や湯飲みといった茶道具が描かれていたり、庶民の暮らしにも浸透している様子がハッキリと伺えます!


■ そして、現代へ。

明治時代以降になると製茶技術も機械化が進み、煎茶は“全国区”の飲み物になります。

戦後にはペットボトルやティーバッグも普及して、どこでも手軽に飲めるように。

生産は昭和50年前後(1970年半ば)がピークとされ、実はそこからは右肩下がりでどんどん生産も落ちていて、町のお茶屋さんや農家さんも廃業していっている状況なんだよね…

ペットボトル茶の売上は年々上がっていて好調、きっとみんなも飲んでいると思うから、お茶業界が深刻な状況だというのは驚く人も多いかもですね。

しかも今は海外の抹茶ブームもあって、煎茶から抹茶作りにシフトしたり、抹茶品種の作付け面積を増やす傾向もみられて、個性的な美味しい煎茶がこれからどんどん手に入りにくくなってしまう…かもしれない。

(煎茶も抹茶も同じカメリアシネンシスの葉から出来るけど、煎茶用と抹茶用では品種が違うよ…!)

なのでリーフ茶離れしているひとたちに淹れる魅力をもっと伝えていきたいな。


というわけで、日本茶の歴史をご紹介しました!

今の煎茶のスタイルが確立されたのが江戸時代中期というのが個人的に意外でしたが、みなさんはどうですか?

それでは、また!

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  • 社長

    teaziro社長、24期日本茶インストラクター。このblogの根源的存在。

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    お茶について楽しく伝えたいときの文体。ここではおそらく彼女が主体の記事が多い。あくまで概念的存在。

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